「工場ってライブみたいだよね」
これが彼女の口癖だった。
彼女とは千葉県北西部にある巨大な食肉加工工場で出会った。
彼女について僕が知っていることは多くない。
歌とダンスが好きだったこと。
歌声が美しかったこと。
2023年4月に自殺したこと。
そのくらいだった。

彼女が自殺した後のことを話そうと思う。

彼女が死んだ後も、工場は問題なく稼働し続けていたし、従業員は誰も悲しんでいなかった。まるで最初から真中らぁらという人間が存在していなかったかのように。

僕は腹が立った。
また、彼女のロッカーは既に違う人が使っていて、『東堂シオン』と書いてあるシールが貼ってあった。
このことも僕をさらに腹立たせた。

しかし、シールを剥がしてゴミ箱に捨てた後、どうしようもない虚無感に襲われた。

らぁらは、工場という巨大な機械の一本のネジに過ぎないのだ。ネジが壊れたから取り替えただけ。
僕はそんな考えに取り憑かれた。

 

彼女の死から二週間後、僕は仕事を辞めた。
夢川ゆいと出会ったのはその頃だった。
夢川ゆいは、幸福の科学という宗教の信者だった。

駅前で話しかけられて、近くのカフェで勧誘を受けた。

大川隆法曰く、死んでなくなるのは肉体だけであり、身体が灰になっても人間の本質である意識は残る、と。

彼女の説法を聞いていると、不思議と涙が出てきた。
そして、降霊術によりらぁらを降ろした彼女はこう言った。

「大丈夫。きっと全てうまくいくよ」

僕は幸福の科学へ入信した。

らぁら

工場の音はライブの音に似ていると思う。
低い声で唸る機械のエンジン音は観客のざわめき、ベルトコンベアの摩擦音は観客の拍手のように思えた。

手元に流れてくる200gの肉を見ながら、私はそんなことを考えていた。
ベルトコンベアからは、およそ200gにカットされた鶏肉が流れてくる。たまにカット仕切れていない鶏肉があるので、それをカットするのが私の仕事だった。

ベルトコンベアを見ていると、妹の“のん”から言われたことを思い出す。
「もうプリパラは無くなったんだよ」
「まだあのアルバイト続けてるの?」
「結婚は?いい人いないの?」
「“神アイドル”っていつまで子供みたいなこと言ってるの」

言葉がベルトコンベアで流されては消えていった。

プリパラは私が高校生になった頃に無くなった。
2014年4月、役員による会社ぐるみでの児童買春、児童ポルノ製造などの組織的犯罪が報道された。これにより、誰もプリパラのことを口にしなくなった。そしてプリパラは無くなった。

この頃から、私は自分が何なのか分からなくなっていた。
私は神アイドルだったんだよね?
みんな友達、みんなアイドルなんだよね?

鶏肉をカットしながら、私は『make it!』を口ずさんでいた。


Make it! ドキドキするとき無敵でしょ

Make up! キラキラ未来で決まりでしょ

夢はもう夢じゃない

誰だって叶えられる

プリパラプリパラダイス


そのプリズムボイスは工場の音に掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった

なんだこれ

無職になり二か月半が経ったわけですが、まーじで特に何もありません。

 

何もないので高校の頃の知人を見かけた話でもします。

その日ぼくは最寄り駅のホームで電車を待っていました。スマホの画面から目を離し、顔を上げると、対面の下り側ホームに知人を見つけました。彼とぼくは高校に在学時一度も話したことがありませんので、当然声をかけはしなかったです。彼とは文字通りの知っている人という関係でしかないのです。

彼は大学の友人と会話しながら電車を待っていました。高校の時の彼は積極的に人と関わろうとする性格ではなかったので少し意外でした。

さらに驚いたのは、彼がとても大人びて見えたことです。

髪は丁寧に整えられていて、服装もおしゃれで清潔感がありました。

 

そこでふと思いました。対して自分はどうだろう、と。

当然ぼくの周りには友達は居ませんし、髪も散らかり、服装にいたっては言うまでもありません。「なんだこれ」って声がマジで出ました。

今この文章を書いていてもなんだこれって思います。

 

なんだこれの声はホームアナウンスにかき消され誰にも届きもしなかったので、これを読んでるお前らに届けます。

 

田舎の静かな駅のホームにアナウンスと彼らの笑い声が響きました。

アナウンスにも負けずに彼らの声は響き、僕に届きました。

 

【二番ホームに○○行き8両列車が~~~】

⦅なんだこれ⦆

【【 ギャハハハハハハ!!! 】】